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2013年3月28日木曜日

こけしくん故郷へ帰る

京都の元銭湯、錦湯でのこけし博に行ってきました。

レトロな銭湯に、こけしへの愛がいっぱいつまっていて、ずっと昔からこけしが好きだったような気分になりました。

詳しい様子はこちらカガモクのHPで。

おみやげの「こけしくん故郷へ帰る」は早速、絵本棚に。小さいながら、やさしい存在感を放っています。

この小さな絵本には、故郷、鳴子への愛がいっぱいつまっています。
それとなく(大胆に)、観光案内がちりばめられているので、ガイドブックとしても楽しめます。
今度、鳴子に遊びに行く時は、こけしロボと絵本を持っていかなきゃ。。

(くみ)

2012年8月14日火曜日

神代踊り(徳島の踊りその①)

阿波踊り一色の徳島のお盆。
子どもの頃は櫓(やぐら)を囲んでの盆おどりをみたことがなく、お盆と言えば、阿波踊りでした。

といっても徳島には阿波踊りしかないわけではなく、地方地方にはまだまだいろいろなお祭りや踊りが残っているようです。

阿波踊りのぞめきに心浮き立たせながらも、ちょっと他の踊りも見てみたいなと、西祖谷地方の神代踊りを見てきました。

初心者マークをつけて祖谷地方に向かい、途中、大歩危のラフティングに後ろ髪をひかれながらも、山間の道を奥へと進みます。
神代踊りは、善徳天満宮に奉納されるとのことで、この辺りかな〜と思う場所で道を聞くと、この先の商店脇の山道を上に4kmくらい走ったところとのこと。
予想以上に急峻な山道をひやひやしながら登って行くと、4〜5kmあがったところにようやく天満宮の駐車場らしき場所が見えてきました。


ちょうど午後の奉納が始まるところで、神社の境内の一段下がった広場でこじんまりと踊りが始まりました。

紫の着物に花笠を被った女性陣が扇を手に、ゆったりとしたリズムで踊ります。




リズムを打つのは、巨大な太鼓!

これまであちこちのお祭りや踊りを見てきましたが、こんなに大きな太鼓を見るのは初めて。
今は、県道から入る山道も車が入れるようになり、車で運んでくるのだそうですが、車道のなかった昔は、下から歩いて運んで来たんだそう。

ホラ貝の音に先導されて、男性陣が様々な出で立ちで出てきました。

背中に巨大なわらじを背負った人。
健脚祈願でしょうか?



天狗に、翁のようなお面を被った人に獅子、続いて棒を持った小学生くらいの男の子たち。
きっと年とともに踊れる役柄が変わっていくのでしょう。


一通りの奉納が終わると、最後は見ている人も参加しての時間。以前踊っていたOBが加わって、静かに踊りは続いて行くようでした。

神代踊りは雨乞いの踊りとのことで、終わった後に雨が降るかもしれないと、少し早めに会場を後にしました。

そして国道に出る頃、ポツリポツリと雨が降り始め、電光掲示板には三好市大雨注意報の文字が。
雨乞いの効果に驚きつつ、あの急峻な山道を、祭り装束の老若男女が列をなして登って行く光景を思い浮かべながら岐路に着きました。

小さな集落の小さなお祭り。
一緒に踊ることはできなかったけれど、部外者が部外者であることにほっとしました。

神代踊り

(くみ)

2012年2月6日月曜日

寺田本家におじゃましました


千葉県下総神崎(しもうさこうざき、と読みます)から徒歩15分くらいのところにある酒蔵、寺田本家に見学に行ってきました。

日本酒つながり、踊りつながり、仕事つながりとなんだかよくわからない私たちのグループと、もう一組のグループと、二組一緒にお酒づくりのいろいろを案内してもらいました。

お酒に必要なお米と水。
この辺りは昔からのコメドコロで、おいしいお米がとれて、水は今も井戸水を使っているんだとか。
裏の鎮守の森のおかげで、井戸水もおいしいそうで、お酒づくりは、いい土地があって初めて成り立つんだなぁとしみじみ。


蔵に入ると、もうもうと湯気があがって、蒸されるお米の甘いにおいが樽からあがっていました。
五人娘(寺田本家のお酒の銘柄の一つ)と書かれた樽では、玄米を蒸しているところ。
湯気と甘いにおいにすっかりしあわせな気分になりながら、話を聞いていると、「蒸す」ということは、お米をお餅やお酒にしてくれて命をつないで行く行為で、「むすめ」や「むすこ」という言葉はそこから来ているんだとか。
食べものと人の命がダイレクトに関わっていることを改めて実感。

その後、酒蔵の肝となるこうじ室へ。
温度と湿度が一定に保たれた部屋は、ほんわりと温かく、やはりここにも甘いにおいがたちこめてしあわせな空間になっていました。
室内は杉材で覆われ、その周りには、炭が埋め込まれているんだとか。炭のおかげで、室内は腐敗菌が繁殖しにくくなっていて、見学に人が訪れても、こうじ菌が負けることはないそう。


こうじ菌のもと(種こうじ)は、稲についた黄麹菌を培養してつくるそうで、自然からそのままとってきた菌だから、雑菌にも強いのかな。


次に案内してもらったのは酒母室。
ここで、こうじのついたお米と水をなじませて仕込み、発酵させます。
スイッチ一つで仕込みをやってしまう酒蔵が多い中、寺田本家では、昔ながらの仕込み唄を復活させて手作業で仕込んでいきます。
めでためでた〜のわか〜ま〜つ〜さ〜ま〜
と、いい声で唄ってくれた作業唄は、のんびりと力強くて、さぞかし酵母たちも喜んでいるだろうと出来上がったお酒を飲むのがますます楽しみになりました。


唄を聴きながらぶくぶくと発酵中のお酒のもとは、りんごのような甘い香りでした。

最後は試飲で、「五人娘」他、にごり酒や、玄米でつくったお酒などを一通り飲み干して、おいとま。
試飲の枠を超えて、宴会のように飲み続けた私たちを寛大にもてなしてくれた、寺田本家のみなさんに感謝!
寺田本家の酒づくりが、当たり前になる日が、一日も早く来ますように!

2011年12月28日水曜日

はてしない新婚旅行

「寝ざめ月」の上映会で出会った二人が、はてしない新婚旅行海外編に旅だってひと月半。

どうやらネパールに入った様です。

旅の様子はこちらから。

2011年5月1日日曜日

非電化工房

ゆう夫妻と地元に住む友人を誘って、栃木県・那須町にある非電化工房へ行ってきました。
池を囲んで、小さな建物が点在する‘素敵すぎる’場所。

発明家の藤村さんのお話も、心に染みて、言葉にならない程の元気をもらって帰ってきました。

写真中央の母屋を出て、まずは工房見学。
母屋の前には、非電化の冷蔵庫がありました。電気を使わない冷蔵庫って?昔の氷を入れるようなのかな?と思っていたら、放射冷却を利用し、断熱をしっかりしたというもので、その仕組みを副代表の息子さんが丁寧に説明してくれました。
しくみさえわかれば、ホームセンターで手に入る材料で、半日もあれば、似た構造のものができるそうで、やれそうだと思った方はぜひやってみて下さいと、発明品の常識をくつがえす寛大さです。
フィンランド製のムーミンハウス(これだけは、購入したもの)、眺めが抜群のテラスのような温室、非電化の小さな建物を見ながら工房内をあるきます。
そして、籾殻(もみがら)ハウス!
そのあまりの可愛らしさに愛しさまで込み上げてきます。
那須町は311の震災で、半壊や全壊のお宅も少なくなく、このもみがらハウスも支えていた鉄の杭が曲がってしまったそうですが、建物自体は全く壊れずに無事でした。
木の棒は、建物を支えているわけではなく、ここが入り口。三角の扉がUFOのように開くのです。
中は、小さな天窓の明かりで予想以上に明るく、横窓から見える風景はのどかで、その風景にかかる藁のシェードがなんとも言えず、気持ちをほぐしてくれます。
壁には、もみがらが入っていて、冬はあたたかく夏は涼しい断熱材になります。今、断熱材として使われているグラスウールと同じくらいの断熱効果があるのだとか。
お米を守って保存するもみがらの力は偉大です。
そしてなんと言ってももみがらは無料!
こんなすごいものをただ捨てるのでは、もったいない〜と、しみじみ思いました。

他にも、空気の自然対流を利用した換気システムに、屋根の上の風車が回って換気をするしくみ。屋根には小さな太陽光パネルをとりつけて夜間の室内の明かりに。冬の寒さに小さなだるまストーブが一つ。
適材適所だけでなく、必要最小限のものを、最大の効果で使っている無駄のなさに脱帽です。

そしてこちらは、非電化風呂。
斜めの屋根には、耐熱ホースで水が循環し、晴れた日には太陽がお湯をわかしてくれます。
曇りや雨の日には、右下のかまどで、薪やゴミを燃やしてお風呂をわかします。
薪をくべて沸かすのは、毎日続けば大変でも、何日かに一度なら楽しい仕事。
太陽が出ていれば太陽にまかせ、出ていなかったら、自分で沸かすというスタンスが末っ子気質の私には、ぴったりで、うれしくなります。

もみがらハウスも非電化風呂も1年間の約束で住み込んでいる弟子たちが建てたもの。
材料費は10〜15万というから驚きです。

そしてアトリエでは、さらなる発明品がつくられていたり、
‘前電化製品’と称して、コーヒーミル黒電話も集められていました。

アトリエの前に干されているのは、非電化除湿器に使われている除湿剤。乾いていると青く、湿気を吸い取るとピンクになります。

一通りの見学を終えて母屋へ戻り、藤村さんのお話の時間。
「まずは注文を取ります。コーヒーとはと麦茶のどちらかを・・・」と始まった、コーヒー焙煎器と有機コーヒーの話。
「ぼくは、発明家だから。いい人が困っているのを助けるのが発明家の仕事だから」と穏やかに始まったその話は、ゆっくりと、豆を煎り、ミルで挽き、お湯を注いでコーヒーを入れる、そんなゆったりととした時間そのもののような、あたたかくて、心の霧が晴れて行くようなお話でした。

非電化ナビで(つまりは地図から行き順を拾って)現地まで連れて行ってくれたゆう夫妻にも感謝。
今度は、みんなで何かを作りに行けるといいな。

2011年1月17日月曜日

案山棒で昼そば

10月にオープンした焼津のそば屋、『案山棒』(あんさんぼう)に行ってきました。

西焼津駅から、そんなに離れていないものの、少しわかりにくい場所にあるお店。
ナビと記憶を頼りに向かいます。
見覚えのあるスーパー田子重を過ぎ、広い道から少し中に入ると、
小さな看板がみえて
きました。

ちょっと早いけど、昼そば一番乗り!


店の中は、手伝いに来た時からは想像できない程の変身ぶり。
土壁にするか白壁にするか…、ここにストローベイルブロックを持ってきて…、まどの外側には庭をつくって干し柿を干したり…と話してくれたイメージが見事に作り込まれていました。

それにしても、こんな短期間で、この仕上がりにはびっくりです。

そしてもう一つ驚いたことに、1月に出産予定のみうらきゅんが、今日破水して、病院にいるとのこと。

後で病院に行くのを楽しみに、まずは、おそばをいただきました。

奥の小あがりで窓の外の小さな庭園をみながらのせいろそば。
ひんやりと冷たくて、おいしい。
つけ汁のだしは結婚式でお世話になったなるちゃんとこのかつおぶしかな?などと考えながら、つるつるっとあっという間に食べてしまいました。

途中、窓の外に風花が散ったり、電気のブレーカーが落ちるハプニングがあったり…
その度に、今のは赤ちゃんが生まれた知らせでは?と盛り上がりながら、そば湯でのんびり。
さらにおいしいと評判の小天丼も食べお腹もいっぱいに。

長居している内に、店が混んで来たので、ひとまずお店をでて、さかなセンターへ。
お土産を買った後は、地元の人の案内で、崖にある海を見下ろせるギャラリーカフェでコーヒーを飲みながらまどろんだり、おしゃべりしたり。
さらには、温泉にも行き、夕方ようやく病院へ。

赤ちゃんが生まれる前に面会に来る人はさすがにめずらしいらしく、看護婦さんに面会をお願いすると、「まだ生まれてませんよ」と真顔で教えてくれました。
赤ちゃんに会えなかったのは残念だけど、「いてて」とお腹をおさえつつ、陣痛にも余裕で構えるみうらきゅんにほっと一安心。
元気な子を産んでね〜と焼津を後にしました。

今頃、無事生まれてるかな?
お知らせが楽しみ♪

案山棒(あんさんぼう)の営業時間は
朝そば 7時〜9時
昼そば 11時半〜14時半
住所:静岡県焼津市大住99

近くにいる方は、ぜひ朝そばを!

2011年1月13日木曜日

大人の修学旅行

奥日光へ行く機会があったので、せっかくなので栃木の3大名瀑の一つ、華厳の滝に行ってきました。

冬だと言うのに、すごい水量。水しぶきが凍って、流れる滝のまわりには氷の滝ができていました。

エレベーターで地下へ降りること100m。
滝にエレベーターがあることも驚きですが、階数ではなくて、60、70、80・・・と表示がでるのが、なんだがリアルです。

滝の轟音をステレオで聞きながら、流れる滝をみていると、急に流れが止まってみえたり、後ろの岩が動いてみえたり、不思議な錯覚に陥ります。

この冬にできた氷の滝。何万年もかけて削られた岩肌。
そんな情景と時間の流れにくらくらしながら、それでも滝をみつづけていると、「エイシャキ」のシーンがフラッシュバックして、意識がもうろうとしてきました。

滝に吸い込まれそうになり、これは危ないと再びエレベーターで地上へ。
修学旅行の受け入れのためか、豪華なエレベーターが、あっという間に現実に連れ戻してくれました。

夕方に合流した奥日光在住の友人によると、栃木(日光だったかな)には48の滝があるのだとか。
夏になったら、行きたいな〜。

友人宅を拠点に夜は、湯元温泉でもらい湯。
翌日は、スノートレッキング。

朝方に降った雪のせいか、ふかふかの踏み心地に、誰も踏み入れていない新雪の上には、ウサギやテンやシカのものらしき足跡があちこちを駆け巡っていました。ウサギはテンに追いかけられたのか、行ったり来たりあわてた様子です。

石楠花平をめざして、スノーシューでてくてく。

帰り道は、斜面を身体ですべりおりてきました。
思いの外、よくすべる素材の服を着ていたせいか、スピードを制御しきれず、勢いあまって飛んだり転げたりしてしまいましたが、それでも、痛くないのが雪のいいところ。


石楠花平から見下ろした湯ノ湖を間近に。
凍っています。
昔は天然のスケートリンクになったのだとか。
その頃来れなかったことを悔やみつつ、どきどきしながら、凍った湖の上にのってみます。
スケート、できそうなのになぁ。


そして、この世の果ての楽園のような、千手ヶ浜から、中禅寺湖を眺めてとった一枚。
背中側は吹雪いていたのに、湖には陽がさし、光る男体山と湖の色は、銭湯のペンキ絵のようでした。

冬枯れた林の奥の方からごーっとうなるような音が聞こえたかと思うと、だんだんこちらに近づいてきて、冷たい風が身体に体当たりしてきます。
背を向けてじーっとこらえていると、風は湖を揺らし、静かな波をたてて空の向こうへと遠ざかって行きました。

足先もじんじんしてきましたが、寒さに負けず、小田代原へ。
湿原は雪で埋まって、雪原になっていました。
写真では上手く映らなかったけれど、雪原の中央に立つのはシラカンバ(白樺)の木。白い貴婦人と呼ばれているそうです。
その奥には男体山。
自然のパノラマボックスにためいきがでます。

シラカンバが白いのは、仲間の木にも太陽がよく当たるように、光を反射しているのだとか。
天然のソーラーパネル!
生きものの知恵におどろくばかりです。

年末からえちの創作メモを楽しんでいます。
今年はどんな年になるのやら・・・

シラカンバの木のように、お互いに光を分け合えるミソヒドリでありたいなと、生きものから学んだ旅でした。

(くみ)

2010年10月14日木曜日

二たび 三たび 川渡温泉

新婦の生まれ育った町を知ってもらいたいと企画されたジモ婚に甘え、みちの故郷、川渡温泉(かわたびおんせん)や鳴子温泉郷を堪能しました。

山の道と案内地図に描かれた山道(距離は短いながら、やぶこぎのような散歩になりました)を歩いた後、新婦が子どもの頃、毎晩通ったという、川渡温泉共同浴場へ。私たちがおじゃました昼下がりには、地元のおば(あ)ちゃんたちがわんさか来ておりました。
50年間、塩で身体を洗っているというおばあちゃん。身体を真っ赤にしながら熱いお湯からあがっていきました。帰る後ろ姿がなんとも言えず、愛らしい。。。
ここの温泉は寄付金と地元の方はチケット制、入浴料金200円は箱に入れる方式です。
夜11時〜朝4時までは、消灯のため(お湯は24時間、熱い!)入浴禁止となっています。

山田青果でみかんを買って(一個40円!)、軒先で一息ついていると、地元の中学生が自転車で通りがかり、「こんにちはー」とさわやかにあいさつをして行きました。

すっかり眠くなりつつ、風の道を通って、「山のふところの宿みやま」へ。

道中の田園風景。
東北独特の稲の干し方で杭にかけた稲藁がなんだか大きな人のようです。

雨の中をあるいて、少し身体が冷えたので、宿の温泉へ。
みやまのお湯は、ぬるめで長湯をするのにちょうどよく、やわらかい肌あたりです。

このみやまを拠点に、結婚式の後は、バスで鳴子観光ツアー。
バスガイドに扮した新婦と車掌に扮した新郎が、案内してくれました。

二たび 三たび 川渡(かわたび)温泉(これが町のキャッチフレーズ)を出て、まずは鬼首温泉地獄谷へ。
*鳴子温泉郷はいくつかの温泉地からなっていて、川渡(かわたび)も鬼首(おにこうべ)もその中の一つです。

渓谷の川沿いの道には、あちこちから温泉(源泉)が流れ出したり、時には吹き出したりしています。
卵を持参すれば、温泉卵もつくれてしまう、お湯の力!
みんなの卵をお湯の中へ。

温泉卵ができあがるまでの時間、ちょっと先まであるいて、温泉力を堪能しました。今にも噴射しそうな熱湯にどきどきわくわく。

川に流れ出た源泉は、川の水と混ざり合って、上手く行けば適温になるそうで、近くには川の中の露天風呂もあるのだとか。


適温を探して川に降りてみましたが、これがなかなかむずかしく、熱かったり、冷たかったりで安定しません。
ですが、やけどをしない程度の場所であれば、足元の温度の変化が楽しく、すっかりくつろいでしまいました。
この体験は、なかなか他ではできません。




温泉卵を食べてから(足湯に浸りすぎて、食べ損ねてしまいましたが)、次の目的地こけし館へ。

これまた、足湯ですっかりくつろぎモードになり、これ以降の写真がしばらくないのですが、こけし館ではこけしの絵付け体験をしました。
これも、楽しくてすっかり熱中。
無心で描くと、描いた本人に似るのだとか。確かに。。。
思ったように線が引けなくて困ったせいか、できあがったこけしも困り顔です。

とにかく、楽しいツアーも終わり、すっかり家に帰るような気分で宿みやまへ。

まだまだ、鳴子温泉郷や川渡温泉の魅力は語りつくせませんが、いい場所があって、いい地域があって、いい家族がいて、いい子が育つのだなぁと、しみじみ思った3日間でした。

みやまのご主人には、連日、遅くまで飲んだり食べたりにつきあっていただいたり、とにかく、居心地のいいもてなしで、くつろがせていただきました。
結婚式の前日にも関わらず、お茶やお昼ご飯に招いてくれたご家族のみなさん、さらに翌日に車であちこち連れていってくれたお父さん。
何よりも、その全部を企画して、もてなし続けてくれた、みちとこうちゃんに感謝します。

二たび、三たび・・・川渡温泉へ行くのが楽しみ。

2010年9月13日月曜日

まるで舞台をつくるような


週末、静岡の焼津にいってきました。
公演「お引っ越し」で衣裳をつくってくれたみうらきゅんご夫妻のおそば屋さん『案山棒(あんさんぼう)』の開店準備のお手伝い。みうらきゅんと会うのは本当に久しぶりだったけれど、いつ会ってもなごむなあ。わたしは会うのがはじめて、ご主人の星野さん。私たちに「着替えのTシャツならたくさんあるから!」と笑顔で言ってくれたとき、いっきにこころがひらいた気がしました。
二人の会話はしぜんとみんなの笑いをさそいます。1122〜。
まるでこれから舞台をつくるような、忙しい毎日。体に気をつけて。
10月19日。本番が、開店が、たのしみ。最寄りは、西焼津駅。

(写真は、小さく切った木のタイルを床に敷き詰めているところ)

ゆう


2010年8月5日木曜日

海キャンプ

徳島の離島、伊島・前島にキャンプに行ってきました。

防波堤から飛び込みをしたり、夜光虫と泳いだり、磯場でスノーケリングをしながら、貝とりしたり・・・とにかくはじめてのことだらけの、楽しい3日間。

島の小中学校にシャワーを借りに行く道のりは、ゆるやかな斜面に細い路地が続いていて、のどか。車が通る道のない島では、リヤカーや一輪車が健在で、家の脇にはお手製の小さなリアカーや、屋号(?)や名前が堂々と書かれた一輪車が停まっているのも、またのどか。
小学校の先をのぼっていくと、カベヘリと呼ばれる絶壁から海が見渡せる場所があり、ぼんやり座っていると、海から吹き上げる風と、風に混じって跳んでくる波しぶきが涼しい。

磯は、貝とりも楽しいし、ただのんびり水の中をみてゆらゆらするのも、お湯のようになった水につかって、水平線をながめるのもしあわせで、一日中いても飽きません。
集めた貝、磯もん、嫁の皿、亀の手はどれも、とまらなくなるおいしさ。
地元の漁師さんが届けてくれたウニも絶品でした。



連絡船で島を後に。
港で漁師さんに、「おじゃましました」とあいさつすると、ニコニコ顔で「また来ぃよー」と答えてくれました。
徳島にいる時は、存在さえ知らなかった離島。いつか、みんなを連れていけるといいな。

(くみ)

2010年7月1日木曜日

モンゴルからの葉書

モンゴルに滞在中のゆうから葉書が届きました。

おみやげはいらないから、絵はがきを送ってね、としつこくお願いして、楽しみに待っていた遠くからの便り。
一通目は、だいぶ前に送ってくれたのに届かなかったみたいで、モンゴル滞在1ヶ月目の便りです。



ゆうの写真や、映画「プージェー」でみた、モンゴルの空や草原や人々の姿や暮らしぶりを思い浮かべながら、葉書の写真を眺めます。

上映会で集まったお金が、羊、山羊、馬、牛、ゲル・・・と形を変えて、モンゴルのスレンさんの元に届いたことの詳細とか、そこへ辿り着くまでのプロセスとか、映画の中ではまだ小さかったバーサが馬に乗る姿をみたこととか、そんな報告が、映画「プージェー」のサイトで見ることができるそうです。

残り1ヶ月ちょっと。身体に気をつけて、いつものようにいろんなことをたくさん見聞きしてほしいなぁと思います。

2010年4月14日水曜日

湧き上がる水


春は何かとめまぐるしく過ぎて、いつの間にか4月ですね。

先月、伊豆からの帰りにたまたま立ち寄った柿田川湧水群。

こんこんと湧き出る水はほんとに澄んでいて、あちこちから湧き出た水が川になっていく光景は、なんといったらいいのか…


こんこんと、静かに、だけど絶えることのないリズムが自分の中にもあるような。
ずっとみてたら、‘あるような’錯覚が、‘あるような’確信に変わっていく、そんな光景でした。


(くみ)

2009年12月7日月曜日

スロベニアからの靴


近所のリサイクルショップでみつけた靴。
かかとに焼き印された絵に一目惚れし、よーくみると、MADE   IN  SLOVENIA  の文字が。
名前くらいしか知らなかった遠い国から来た靴に、思わず旅情をかきたてられました。
(くみ)

2009年10月5日月曜日

贅沢な休日



長野県は塩尻に、秋を堪能しに行きました。
知り合いの古民家に泊まり、ソバの収穫、ブドウ狩り、自分で打った手打ちうどん、温泉、お祭りへの飛び入り参加と、筆舌に尽くしがたい程充実した週末を過ごしました。

ソバを刈っては汗をかき、うどんを打っても汗をかく。
労働の幸せを噛みしめることのできたひと時。

食べ物を育て、料理を作り、食べる。
そんなシンプルなことを当たり前にしただけなのに、そんなことをしばらくしていなかった自分に気づきました。

写真はソバ狩りの様子。
こんな風にして天日干しします。


6キロほど収穫したブドウは・・・今、樽の中で第2の人生を歩んでいます。

また報告します~。


2009年8月18日火曜日

おどりはだり

お盆におやすみをいただいて東北へ行ってきました。
一番の目的は西馬音内の盆踊り。どうせ行くなら黒石よされも行きたいなと足を延ばして青森まで。
おばあちゃんちが黒石にあって、子どもの頃に踊ったことあるよ~という青森の友人とその母と子(つまりは親子3代!)と一緒に黒石へ。
おばあちゃん(一緒に行けてたら4代だった!)ちに車を停めさせてもらい、よされのメイン会場の公園へ。はじめてみる3階建てのやぐらはとにかく大きい。
この日のスケジュールは昼間に組踊り、夜7時から流し踊りと廻り踊り。9時から10時まではおどりはだりとなっていた。
いろいろあるのね、と少し混乱していたら、友人がはだりは「もっと~っておねだりするみたいな意味の青森弁だよ」と教えてくれる。
組踊りをちらりと見て、流し踊りが通るこみせ通りへ。木造のアーケード、りっぱな建物が並ぶ町並み。中を解放していたお家の庭にはカルガモが泳いでいました。
夕飯を食べ(ものすごく美味しいお米と魚!)、場所取りしつつビールを飲む。じっと待っていられない子どもたちは、お散歩したりお菓子を食べたり、それでもよされの音がスピーカーから流れ出すと、まだかなまだかなとばかりに身を乗り出して流し踊りが来るのを待っているのがほほえましい。浴衣を来た男の子が音に合わせてまだ誰も通らない道の真ん中で踊っている。空が濃紺に染まり、ちょうちんの明かりがほんのり目立つ頃に、スピーカーからカウントダウンが聞こえ始めた。ゼロの後には合図の火薬音。公園側の空から、一気に鳥が飛び立つ。
しばらくして、えっちゃほーえっちゃほーとにぎやかなよされの流し踊りが前を通り、じゃあ今度は、公園のやぐらで参加しようかと移動し始めると、「今度は廻り踊りです。廻り踊りの体制になってくださ〜い」のかけ声がかかり、今まで流していた踊り子たちは、その場で輪を作り踊り始めた。
不思議な形式に驚きつつ、公園へ。やぐらの上の段ではそろいの浴衣を来た人たちが踊り、その下の段にまた人の輪。上るのをあきらめた人はさらにやぐらの下で上を見上げる。やぐらの廻りではずっと廻っているけれど、通りでは、流し踊りで進み、廻り踊りでその場で輪をつくりを繰り返しているらしいことが、お囃子の合間のアナウンスでわかる。お囃子は屋台ごと、流し踊りと共に移動する。
黒石よされと何曲かの廻り踊りを楽しんで、なんとなく雰囲気と振りがわかってきた頃、通りを流していた踊り子さんたちが公園に入ってきた。そしてそのままやぐらを囲む。さっきまで、上の2段だけで足りていたやぐらのまわりはみるみる内に何重もの円になった。
人の渦に圧倒されてはぐれないようにと端に避け、さっきまで楽しげに踊っていた子どもたちも少し疲れてきたので、おどりはだりには参加せず帰ることにし、わたがしを食べて満足した5歳の子と手をつないで、夜の小道を歩いた。
そのまま黒石駅まで送ってもらい、一家と別れて弘南鉄道で弘前へ向かう。

翌朝、弘前から湯沢へ。
湯沢からバスに乗り、西馬音内へ。交流会で、一番簡単ながんけの太鼓と一番簡単な音頭一番の踊りを教えてもらう。(太鼓はよせ太鼓、がんけ、音頭の3種類、踊りはがんけと音頭の2種類でそれぞれに一番と二番があるそう)
西馬音内で、郡上踊り後、ジンベイザメを見たり、琵琶湖を見たりしながら海沿いを旅してきたえちと合流し、町を散策。田んぼの道をひたすら歩いた先のあぐりこ神社には子どもの地蔵様のとなりに頭が蛾の石像があり、なんだか恐ろしくて思わず手を合わせてしまいました。
真ん中にかがり火が用意された道にシートを敷いて、ビールを飲みつつ、踊りが始まるのを待つ。旅の疲れにぐったりしていたえちも、外が暗くなり、かがり火が灯りよせ太鼓が鳴り始めると元気になってきた。
最初の1時間くらいは子どもの時間。幼稚園か保育園くらいの子から中高生くらいの子まで、途中途中に入っているのは母なのか、端縫いの衣装に編み笠をかぶった女の人がしなやかな動きで踊っている。まだ顔を隠さない子どもたちの表情がいろいろなのがおもしろい。子どもたちは、一番簡単な音頭の一番をひたすら踊る。
一時間程すると、子どもたちの時間は終わり、だんだんとひこさ頭巾や編み笠で顔を隠した女性が多くなる(中には男性もいる)。
大人の時間になると、音頭の二番や、がんけが踊られる。きれいに反った手と砂を鳴らす足さばき、竹久夢二の絵の中の人のような姿勢で踊る姿はゆったりと雅なのに、太鼓に負けないくらいリズミカルだった。

旅から帰る途中も、踊る人の姿が目について離れない。今さらながら、おどりはだり。

(くみ)

2008年12月13日土曜日

花屋ほど

大阪で、1ヶ月半程前に出産を終えた幼なじみに会いにいってきました。
彼女は大阪で花屋さんをしていて、ミソヒドリの公演にも
自作のフラワーアレンジメントを届けてくれました。
「くみちゃんが舞台にあがる頃に私は分娩台にあがるわ(阿波弁)」とはりきっていましたが、特に“舞台にあがる”程の公演じゃなかったせいか、公演の数日後に無事女の子を出産。
その愛娘、ののこに会いに行くのが今回の旅の目的でした。

大阪の北摂と呼ばれる山の手の地域。桃山台の駅から歩いて20分くらいのところにある花屋さん。
大通りから、脇道の坂をのぼりはじめると坂の上にみえるのが、いい感じ。
お店はいつも鉢植えと雑貨と手づくりのアレンジメントがところせましと並んでいます。


朝、市場で仕入れてきた切り花を大きな冷蔵庫にどんどん入れて行き、その間にも、注文の花束をせっせとこさえては、笑顔と軽快なトークで接客。
出産後、1ヶ月半しかたってないとは思えない程、てきぱきと働いています。
こちらも生まれて1ヶ月半のののこは、母乳にも関わらず、お腹がすいてもだっこさえしていればひたすら眠る、手のかからない親孝行娘で、「しよい子じゃなぁ」と阿波弁で何度も感心。


ふと思い出して、数ヶ月前、ゆうの写真展をみにいった時にお会いした、国分寺の徳島出身の花屋さんのことを話してみると、彼女が、10年くらい前、まだ自分の店を持ってない時に読んだ「花屋ほどすてきな商売はない」という本を書いた内野公美子さん、その人だった。
ゆうが中学生の時以来の行きつけの花屋さんの書いた本を、遠く離れた大阪で読み、手紙まで書いた(迷って結局だせなかったらしいけど)というのを聞いて、不思議なつながりに、これは、内野さんのパルテールに行ってみなきゃと思った。
こういう、つながりがため、みたいなことついついしたくなる。
そして、いつか彼女(幼なじみ)にもミソヒドリを見に来てもらいたいなぁと思ったのでした。

大阪北摂の花屋cherryberryは、友人ということを抜きにしても素敵な花屋さんですので、興味のある方はぜひ、ブログ(↓)なりお店なりのぞいてみてくださいね。
http://cherryberry.blog.eonet.jp/blog/

(くみ)

2008年11月4日火曜日

葉山でシーカヤック

空の旅に続いて、海の旅。
3日はえち、くみで葉山のシーカヤック試乗会に参加してきました。
えちは小笠原と海士町に続いて3回目、くみは初のシーカヤック。
以前、カヤックを3台(4台?)持っていて、葉山によく行っていたえちのお父さんに葉山まで送ってもらいました。
渋滞をさけて朝6時すぎに出発。7時頃には葉山公園の駐車場着。
もあなくらぶ主催の試乗会は9時半からなので、海岸でテーブルといすを出して朝ごはん。
これまた、えちのお父さんが持って来てくれた双眼鏡3台で鳥をみたり、海へとでるシーカヤックやヨットをみたりして過ごしている内、何しに来たのかわからない程のんびりしてきて、9時半近くに準備を始めたらやはり、最初のあいさつと点呼(?)には遅刻してしまいました。
いつから参加しても、いつ帰ってもいいイベントでよかった。

すぐに乗りたいと思いつつ、有機栽培のコーヒーを200円で飲めるというので、まずはコーヒーを。
これがものすごく美味しくて、そのままでも美味しいけどカフェオレにぴったり。
ファイブビーンズという葉山のお店だそう。近くに行く方はぜひ。
おいしいコーヒーを飲んだら頭もシャキッとして、早く乗りたいと気もそぞろ。

シーカヤックは3社からいろいろなタイプが来ていて、まずは、一番安定するというシットンタイプ(だったかな?)の2人乗りに。
パドルの使い方はもあなくらぶの関山さんに個人講習していただき、いざ海へ〜。
風も弱く波も凪いでいて、船も安定しているので快適。岩の近くでトビをみたり、半島の方まで行ってみたり。
好き勝手に動き回る私たちを、あたたかく見守りつつついてきてくれるスタッフの方…ありがとう。
そしてまた上陸して、次は一人乗りに挑戦。
これも、安定するタイプだったからか、波がないからか、やはり快適。そして楽しい〜。

「お昼なのであがってくださ〜い」と声がかかったので上陸。
お昼ごはんは、なんと!ダッチオーブンで作ったポトフと豚汁。どちらも300円パン付き。
あったかいし、野菜も甘くて美味しい。
海の水はびっくりするほどあたたかいけれど、海からあがるとやはり11月。風は冷たいのであたたかい食べ物、特に汁物はほんとにありがたい。
食後にカフェオレもいただき、それを海の上で飲みたいね、とタンブラーに入れ、再度海へ。



今度は、さっきとまたちがうタイプの2人乗りで、雲の間から差し込む光に向かってこぎ始めました。
というのも、半島へ行くのはやはり目が届かず困っていたようで、セーフティ(安全管理のためにカヤックで海にでている)のお兄さんに、堤防までにしてくださいね〜と言われてしまったので、じゃあと今度は大海原をめざします(もちろん気分だけ。沖にでるとあぶない)。
セーフティのお兄さんのちょっと先で、雲から差し込む光をみながら、コーヒーを飲んだり、ぼんやりしたり、あげくの果てに昼寝したり(えち)、お兄さんが時々「流されてるので気をつけてくださいね」と声をかけてくれ、ふとまわりをみると確かに沖にながされてる!
光をみながらバックして、まただだよっては幸せな時間をすごしました。

さらに、今度は安定のあまりよくないタイプの1人乗りにも交代で挑戦。よくないといっても変なことしなければ大丈夫ですよと送り出されて試乗。
確かに揺れるけれど進むのはその分早く、それもまた楽しめました。

朝の9時半から午後3時まで、5種類のシーカヤックに乗り、海を満喫しました。
ウミネコやカワウが水面を飛ぶのを同じ目線でみれたり、自分の力で進むけど、漕ぐのをやめてただよってもいいし、海の自転車のような(自転車より歩きに近いかも)乗り物で、一日海の散歩を楽しませていただきました。
カヤックで島に行ってみたいな〜。

最後にサービスで出してもらったコーヒーを飲み、近くの民宿でもらい湯。
何から何まで、いたれりつくせりでした。(もあなくらぶさん、ありがとうございました)

そして、夜は、なぜか夕べ思い立って、一日遅れで富士山に星を見に行って、そのままあちこち寄り道ドライブをしていたまり夫婦と逗子で合流。帰り道に、江の電腰越駅近くの海岸沿いで、しらす料理を食べて満足〜。
そして家まで送ってくれてありがとう。
1日の夜、新松田でえちのご両親に拾ってもらってから、のべ5台の車に乗せていただいて、空と海の旅は無事終了〜。

星見とパラグライダー(後半)

建物の裏にいたのに遅刻して受付。
あまりの重装備に、富士登山帰りだと勘違いされている様子でいろいろ聞かれましたが、裏でキャンプしていたとはとても言えず、適当にお茶をにごしました。
スカイ朝霧は、えちが富士山に登った時にご一緒した人のおくさんが、、パラグライダー体験ならここがいいとすすめてくれた場所らしく、どんなことをするのかよくわからないのに期待は高まります。
(よくわからないのは遅刻したせいです。ちゃんと説明があったみたい)

午前中は体験コースで、すぐそばの小高い丘から自分で飛ぶ体験ができるらしい。「寒いですか?」と防寒着には余裕があるので聞いてみると、「体も動かすので熱くなりますよ」とのこと。空を飛ぶのに体を動かすの?と不思議に思いつつ、近くの丘へ移動。


パラグライダーの袋とそれを背負うためのリュックと2つを配られ2人ペアになってと、言われるがままに動いていると、その謎も解けてきました。
2人で丘までパラグライダーを持ってあがり、1人が飛び、またパラグライダーを持ってあがり、もう1人が飛び、また持ってあがり…を繰り返すので、飛んでる時間は長くて1、2分。約5kgのパラグライダーをその都度、丘にあげるのだから、かなりの運動量になりそうです。

というか、実際なりました。

私たちが飛ぶのを介助して一緒に走るインストラクターのみなさんは、最初の何回かでもう汗だく。
後ろ向きでよく駆け下りれるなぁと思っていたら、一度転んで、あやうくインストラクターの方を踏みそうになりました。
それでも、5kgを運んできたことを思うと、一回も無駄にできないと思ったら踏み越えてでも飛ばないとと自力で走り、なんとか成功。
後ろで「一人で飛べるじゃん!」と声が聞こえ華々しい気分になりましたが、実際には、一人で風を受けたパラグライダーをバランスをくずさないように引っ張って走るのはかなり難しそうでした。



大変なところはインストラクターの方が押さえてくれ、押してくれ、ふわっと浮いたら後は一人で空の旅。
1、2回でタイミングや身体の感覚がつかめてくると、何度もやりたくなり、丘を登る時間がまたその気分を盛り上げてくれます。
もっとやりたかったけど(7回くらいは飛べて大満足でしたが)、午前中の体験は終了。

午後のタンデムコースは、300mの高さからインストラクターの方と2人乗りで飛ぶというもの。
ちょうどパラグライダーの世界大会をやっている場所でやるので、飛んでいる様子をみながらお昼を食べるのも楽しいですよ、と言うのでお昼から移動することに。
みんな当たり前のように自家用車で移動する中、車のない私たちはスタッフの方に運んでもらい、会場に到着。
シートを広げ、おにぎりを広げ、ガスストーブでお湯を沸かしスープを飲んでいる姿は、まわりを相当楽しませているようで、いろんな人に声をかけられましたが、やはりここでもゆっくりしすぎて、バタバタと片付け。車に乗り込んで、みんなで300m上の崖まで移動。
標高1000mの崖から700mの平地まで、300mの高低差を10分くらいかけての空の旅。



目の前には富士山。晴れわたった空。
これ以上ないと思うくらいの好条件の中、ゆったりと空中散歩。ジェットコースターのような技を見せてくれたり、スピードを速めたり落としたり、ほんとに自由自在にパラグライダーを操るインストラクターの方に感心しつつ、夢見心地の時間を過ごしました。
晴れた日や、陽当たりのいい山の斜面は上昇気流が起きやすく、上昇気流に乗れば高くあがって貯金ができる分、遠くまで行けるのだとか。
ほんと、鳥みたい。
自分で風を読んで操れるようになったら、楽しいんだろうな。

そんなこんなで体験を終え、見ず知らずの親切な方にバス停まで送ってもらい(歩いてはいけないほど遠かった)、バス停近くの滝をみてからバスに乗り富士宮駅へ。
駅で富士宮やきそばとビールを買い込んで電車に乗りました。

小田原で明日仕事のゆうを見送って、えちとくみはえち実家にお泊まり。
美味しいものは決して見逃さないゆうがお土産にと買った生らっか生をゆでて、ご両親と晩酌。
「何もなくて」といいつつ用意してくれたつまみの数々とお酒についつい飲み過ぎてしまいましたが、楽しい夜でした。
そして、明日は海への旅。。。

2008年11月3日月曜日

星見とパラグライダー(前半)

1日の夜から2日にかけて、えち、ゆう、くみの3人で星見とパラグライダー体験に行ってきました。

1日夜、小田急線新宿駅のロマンスカーカフェで待ち合わせ。仕事帰りとは思えない大荷物を各自背負って旅立ち。
新松田でえちご両親の車に拾ってもらい、(えちの)お父さんの星仲間の待つ、富士山新五合目へ。大量の差し入れおにぎりやらサンドイッチやらを車の中でいただきつつ、だんだんと標高2000mの暗闇へと近づいていきます。
わいわいしているうちに、星見スポットの駐車場へ到着。車を降りると、星仲間が、「氷点下だからね〜。あったかくしてね〜」と迎えてくれました。確かに寒い。
防寒具を着込み、NASAシートまで巻き付けて、車を降りて空を見上げると、空にはうっすらともやがかかっていて星は見えず。
残念〜。晴れてくれないかな〜と、じーっと見ていると、もやが流れた隙間に星が浮かび上がるようにキラキラと光りだします。
お〜っと大喜びしながらみていると、またもやが覆い隠してフェードアウト。
と思ったら、別の場所でキラキラ。
そのじれったい感じもまた楽しく、そして、出て来た瞬間のうれしさもひとしお。
かなりの広範囲でもやが晴れると、立ったままでは視界に入りきらず、みんなで(私たち3人だけ)寝っころがって星見。
星待ちのみなさんにはあまりいい条件ではなかったようですが、私たちは星空とそれを隠すもやも満喫しました。

あったかいコーヒーをいただいて、きりがよいところでおいとまし、朝霧高原へ。(おじゃましました〜)
道中、タヌキ二匹連れとシカ数組に会いつつ、翌日のパラグライダー体験をするスカイ朝霧まで移動。
少し心配そうなえちのご両親をありがとうと見送って、3人で野宿準備に入ります。
ゆうの持ってきたテントを裏のきれいに刈られた草地にたて、NASAシートと寝袋を敷き就寝準備。
向かいのサークルKへ、トイレを借りに立ち寄るついでにビールを買い、星をみながら乾杯。
標高700mの朝霧高原は、思った程寒くもなく(富士山五合目にくらべれば…)、もやもないので、星がよく見えました。
そして、闇の中には、くっきりと大きな富士山!東はどっちだっけ?とご来光に期待が高まります。
夜中3時に就寝。朝焼けみたいね、と5時に目覚まし。


朝焼けは5時半頃から始まり、この後、たなびく雲から朝日が顔を出して光が差し込むと、その放射状にのびた光の筋に誘われるように、雲が富士山の後ろ側へと吸い込まれて行きました。
そして、テントの中でぬくぬくと二度寝。



7時半に起きて朝食。
粉末スープと、フルーツ入りホットケーキ。
野外でフルーツ缶の甘い汁が残るのを捨てられない(けどフルーツは食べたい)ゆうが、汁ごとホットケーキに入れたらおいしそうと、試作。



たっぷりのマーガリンとフルーツ缶(缶はかさばるから袋入りのパック)の甘さ…。風邪の日に食べる桃のような贅沢〜。
それにえちご両親の差し入れが加わって、最後は、余った卵とサラダで巣ごもり卵。

のんびりしてたら、パラグライダーの受付時間に間に合わなくなり、あわてて寝袋やテントを片付けて荷づくりをしたものの軽く遅刻。
大きな荷物でかけこんで、ちょっとひんしゅくでした。

そしていよいよのパラグライダー体験!